序:事実を起点に、経営課題を考える
2026年5月、スシローの杭州店舗に関する行政処分が複数のメディアで報じられた。報道によれば、同店舗では、食器の洗浄・消毒、食品営業許可の範囲、専用作業区画の管理などについて行政当局から指摘を受け、没収・罰金を含む処分が行われた。処分額は、違法所得の没収2万8446.33元、罰金3万8000元、合計6万6446.33元と報じられている。
スシローの杭州店舗に関する行政処分の報道丨出所:weibo
その後の追加報道では、浙江省の市場監督当局が省内のスシロー12店舗を対象に確認を行い、12店舗中6店舗で不備が確認されたとされる。その内訳として、5店舗に是正を求め、1店舗については調査手続きに入ったこと、また6件の食材および食器・器具を抽出し、第三者機関による検査に回したことが伝えられている。
さらに5月22日には、浙江省および杭州市の市場監督当局がスシローの浙江地域責任者と面談し、食品安全に関する主体的責任の徹底、店舗での自主点検、問題が確認された場合の速やかな是正、改善状況の報告を求めたとされる。
なお、同報道では、スシロー側が客数への影響を認めつつ、消費者の信頼と監督を受け止め、洗浄工程や従業員教育の改善を進める考えを示したとも伝えられている。
浙江省市場監督局がスシローに対して検査、また責任者と面談するなど一連に関する報道丨出所:weibo
本稿は、スシローという個別企業を批判することを目的とするものではない。また、今回の事案について、企業側の悪質性を論じるものでもない。ここで扱いたいのは、公開された行政処分および報道を事実として確認したうえで、中国の外食市場において急成長するチェーン企業が、どのようなリスク管理体制を備えるべきか、という経営上の論点である。
01.スシローの中国事業は日系外食の成功事例である
スシローの中国事業は、日系外食ブランドの中国展開における成功事例の一つである。2021年に中国本土での展開を本格化させて以降、広州、成都、重慶、北京、上海などへ出店を広げ、2026年4月には中国本土100店舗に到達したと報じられている。報道では、100店舗到達時点で22都市をカバーし、会員数や累計販売皿数も大きく伸びているとされる。
この成長の背景には、スシローが中国市場で「高級な日本料理」ではなく、「手頃な価格で楽しめる日本式回転寿司」という明確な位置づけを築いたことがある。大型商業施設への出店、回転レーンによる体験性、幅広い商品構成、会員アプリを通じた予約・販促、SNSで拡散されやすい話題性。これらが、中国都市部の若年層や家族客の外食行動とうまく合致した。
スシロー中国消費者席待ちのために並ぶ様子丨出所:RedBook
しかし、成長企業であるからこそ、管理品質への期待も高くなる。人気店であることは、ブランド力の証明である一方、現場に対する負荷を高める要因にもなる。客数が増えれば、食器の回転数は増え、厨房作業は高密度化し、従業員の動線は複雑になる。新商品を投入すれば、許認可、保管条件、加工方法、提供方法の確認項目も増える。
つまり、外食チェーンにとって成長とは、売上機会の拡大であると同時に、管理対象の拡大でもある。
02.今回の報道から見える三つの論点
今回の報道から読み取れる論点は、少なくとも三つある。
第一に、食器洗浄・消毒という基本作業の再現性である。報道では、2026年1月の検査で、刺身提供に使われる器の一部に水跡や食物残りが確認され、抽出確認した10点すべてに問題があったとされる。さらに、翌月の再確認でも、待機中の食器10点中6点に飯粒の残りがあったと報じられている。
第二に、商品投入と許認可管理の連動である。報道によれば、同店舗では、必要な営業許可を得ないまま、冷たい状態で提供されるケーキ類を販売していたとされる。外食企業にとって、売れる商品を追加することは自然な経営行動である。しかし、商品開発、店舗設備、保管条件、加工工程、営業許可が一体で確認されていなければ、商品拡張そのものがコンプライアンス上のリスクになる。
第三に、専用作業区画における従業員行動の管理である。報道では、従業員が専用作業区画に出入りする際の更衣、手洗い、消毒の手順についても指摘があったとされる。
ここで重要なのは、マニュアルが存在するかどうかではない。外食チェーンにおいて重要なのは、標準が存在することではなく、その標準が高負荷の現場でも再現されることである。
03.スシローだけの問題として見るべきではない
この点は、スシローに限られた問題ではない。中国の外食市場では、日系・中国系を問わず、成長ブランドほど食品衛生、店舗運営、従業員教育、SNS拡散のリスクに直面してきた。
ハイディーラオ(海底捞):高評価ブランドにも現場の死角はある
たとえば、ハイディーラオは、中国外食企業の中でも接客品質の高さで知られる企業だが、2017年には北京の複数店舗で厨房の衛生問題が報じられた。報道では、厨房内でのネズミの発生、清掃用具と食器の不適切な取り扱い、火鍋用器具の不適切使用などが指摘された。同社は報道内容について問題を認め、謝罪し、対象店舗の営業を停止して改善を進めるとともに、全店舗で点検を行う方針を示した。
ハイディーラオ厨房内ネズミの発生に関する報道丨出所:Weibo
この事例から読み取れるのは、ブランド評価の高さと現場管理の完全性は必ずしも一致しないということである。高いサービス評価を持つ企業であっても、多店舗・高稼働の現場には、本部から見えにくい死角が生まれ得る。むしろ、評価が高いブランドほど、消費者の期待値が高く、現場不備が発覚した際の反動も大きい。
ミーシュエ・アイスシティ(蜜雪氷城):大量出店モデルにおける品質管理の難しさ
また、ミーシュエ・アイスシティのようなフランチャイズを中心とする大量出店モデルでは、店舗網の拡大そのものが品質管理の難度を高める。報道によれば、同社は2024年末時点で世界に4万6000店超の店舗を持ち、そのうち中国本土だけで4万1000店超を展開している。一方で、2025年には一部店舗で前日に切った果物の使用などが報じられ、香港でも店舗で販売された冷菓の検査結果をめぐる報道があった。
ミーシュエが前日に切った果物の使用に関する報道丨出所:Weibo
この事例は、フランチャイズモデルの成長力と、本部による標準運用管理の難しさが表裏一体であることを示している。短期間で店舗数を増やせることは、資本効率の面では大きな強みである。しかし、店舗数が数万店規模に達すれば、果物の下処理、器具の洗浄、温度管理、従業員教育、店内清掃といった現場作業を、すべての店舗で同じ精度に保つことは極めて難しくなる。
ウォレス(華莱士):低価格・高回転業態の管理圧力
さらに、ウォレスの事例は、低価格・高回転型チェーンにおける期限管理と人員管理の重要性を示している。2025年には、一部店舗で期限切れ食材の表示貼り替え、期限切れ食材の使用、従業員の健康証明をめぐる問題などが報じられた。同社は、対象店舗の閉店、関係従業員の解雇、全国店舗での衛生点検を発表したと報じられている。
ウォレスが期限切れの食材の使用に関する報道丨出所:Weibo
低価格業態では、原材料ロス、人件費、店舗利益率への圧力が大きくなりやすい。そのため、現場が短期的な損益を優先すると、食材の使用期限、廃棄基準、油の管理、従業員資格確認といった基本管理に緩みが生じる可能性がある。これは特定企業の問題というより、低価格・多店舗・高回転モデルが抱える構造的な管理課題である。
もちろん、これらの事例をスシローの事案と同一視することは適切ではない。業態も、出店モデルも、発生した問題も、企業対応もそれぞれ異なる。本稿で注目したいのは、個別企業の優劣ではなく、中国の外食市場では、人気ブランドや大規模チェーンほど、現場の小さな不備が行政、メディア、SNSを通じて短時間で可視化され、ブランド全体の信頼問題へと広がりやすいという構造である。
04.日本市場との違い:問題が可視化される速度
ここに、日本市場との違いがある。
日本でも食品衛生問題が発生すれば、行政対応、企業発表、報道、SNS上の反応が生じる。しかし中国市場では、消費者投稿、行政への通報、メディア報道、SNSでの拡散、監督当局による検査が、比較的短時間で連動しやすい。
特に、外資系、日系、行列店、SNSで話題のブランドは、消費者から高い期待を受ける一方、より強く注目される存在にもなる。
したがって、中国市場では、問題を起こさないための管理だけでは十分ではない。もちろん、食品衛生、営業許可、従業員教育、店舗監査は最重要である。しかし、それに加えて、平時から社会的な信頼を蓄積しておく必要がある。
言い換えれば、中国で外食チェーンを展開する企業には、食品衛生管理と社会的信用管理を一体で設計する発想が求められる。
05.行政の視点も、店舗単位から本部統治へ移っている
この点は、中国の制度環境から見ても重要性を増している。
中国では、食品営業許可や届出の管理を通じて、事業者の食品安全責任を明確にする制度整備が進んでいる。2023年施行の食品営業許可・届出に関する規定は、食品営業活動を規範化し、事業者の食品安全責任を徹底することを目的としている。
さらに、2025年に公表された外食チェーン企業向けの食品安全責任に関する規定では、本部、地域組織、中央厨房、店舗などを対象に、食品安全責任、巡回点検、従業員教育、原材料管理、苦情対応、緊急時対応、情報管理などが明記されている。特に本部には、リスクに基づく管理、店舗への実地確認、食品安全への資金投入、従業員教育、苦情対応、緊急時対応計画などが求められている。
外食チェーン企業向けの食品安全責任に関する規定丨出所:中国食品安全網
これは、外食チェーンに対する行政の見方が、単なる「店舗単位の衛生管理」から、「本部による統合的な管理体制」へ移っていることを示している。つまり、中国で多店舗展開する企業にとって、食品安全は現場の問題であると同時に、本部統治の問題でもある。
06.企業が取り組むべき五つのリスク管理
では、企業は何をすべきか。
1.商品投入前の許認可確認を徹底する
第一に、商品投入前の許認可確認を経営プロセスに組み込むことである。新商品を出す際には、原材料、加工方法、温度帯、保管条件、提供方法、必要な営業許可を確認する。特に、生もの、冷たい状態で提供する食品、デザート、持ち帰り商品、期間限定商品は、売上だけでなく許認可と工程管理を同時に確認すべきである。
2.ピーク時を前提に現場を設計する
第二に、ピーク時を前提にした現場設計である。平常時に守れる手順であっても、週末、祝日、開店直後、閉店前、キャンペーン時に守れなければ意味がない。食器洗浄、手洗い、更衣、消毒、温度管理、廃棄判断は、最も忙しい時間帯でも実行できる工程として設計する必要がある。
3.店舗別にリスクを評価する
第三に、店舗別のリスク評価である。すべての店舗を同じ頻度・同じ項目で確認するだけでは不十分である。客数が多い店舗、開業直後の店舗、店長交代があった店舗、苦情が増えている店舗、新商品を多く扱う店舗は、リスクが高い。店舗ごとにリスクを点数化し、監査頻度と確認項目を変えるべきである。
4.抜き打ち型の内部監査を行う
第四に、抜き打ち型の内部監査である。事前通知型の巡回では、現場の実態を把握しにくい。特に確認すべきなのは、ピーク時の食器洗浄、閉店前の清掃、開店前の食材準備、従業員の手洗い、保管庫の期限管理、厨房の死角である。行政や消費者に指摘される前に、自社で見つける仕組みが重要である。
5.社会的信用を平時から蓄積する
第五に、社会的信用の蓄積である。食品衛生に関する情報発信、厨房の見える化、第三者検査の活用、地域社会への貢献、子ども向けの食育、食品ロス削減、従業員教育の強化などは、単なる広報活動ではない。危機発生時にブランドを支える経営資産である。
中国では、成長ブランドは「選ばれる存在」であると同時に、「見られる存在」でもある。目立つブランドほど、消費者、メディア、行政、競争環境からの注目度は高まる。そのため、企業側は、悪意の有無を判断することに過度にエネルギーを割くよりも、注目されやすい市場環境を前提に、説明可能性と信頼形成を高めておく必要がある。
07.問題を起こさない管理と、信頼を失い切らない管理
今回のスシロー杭州店舗の事案は、過度に道徳的に評価するよりも、外食チェーン経営における管理項目の多層化として捉える方が、実務的な示唆は大きい。
食器洗浄、営業許可、専用作業区画、従業員教育、内部監査、SNS対応。これらは別々の問題ではなく、成長する外食チェーンが同時に管理しなければならない一つのリスク体系である。
スシローの中国事業は、日系外食ブランドの成功例であることに変わりはない。むしろ成功しているからこそ、次の課題は、出店数や行列時間ではなく、管理品質の再現性に移っている。
中国で外食チェーンを展開する企業にとって、これから重要になるのは、単に「良い商品を出すこと」でも、「人気店を作ること」でもない。人気が出た後に、どの店舗でも、どの時間帯でも、同じ基準を守り続ける仕組みを持てるかである。
中国市場では、問題を起こさない企業が強いだけではない。万一問題が起きた時にも、信頼を失い切らない企業が長期的に強い。そのためには、食品衛生管理、許認可管理、現場教育、内部監査、危機対応、そして社会的信用づくりを、経営の中で一体的に設計する必要がある。
最後、成長の第二段階は「信頼を増やすこと」
スシローの事案を一企業の問題としてのみ見ると、論点は狭くなる。むしろ、中国で成長するすべての外食チェーンにとって、今回の報道は、自社の管理体制を見直す一つの契機と捉えるべきであろう。
成長の第一段階が「店舗を増やすこと」だとすれば、第二段階は「信頼を増やすこと」である。そして、その信頼は、現場で毎日繰り返される基本作業の積み重ねによってしか築かれない。
参考資料
1.スシロー杭州店舗の行政処分に関する報道。処分内容、食器洗浄・消毒、営業許可、専用作業区画管理に関する記述を参照。
2.スシローの中国本土100店舗到達、展開都市、中国事業の成長に関する報道。
3.ハイディーラオ北京店舗の厨房衛生問題および営業停止・調査対応に関する報道。
4.ミーシュエ・アイスシティの店舗数および大量出店モデルに関する報道。
5.ミーシュエ・アイスシティの一部店舗における衛生管理問題に関する報道。
6.ミーシュエ・アイスシティ香港店舗の冷菓検査結果に関する報道。
7.ウォレスの一部店舗における期限管理問題および同社対応に関する報道。
8.中国国家市場監督管理総局「食品営業許可・届出管理規定」。食品営業許可・届出制度の制度背景として参照。
9.中国政府公報「外食チェーン企業における食品安全責任の履行に関する監督管理規定」。外食チェーン本部の食品安全管理責任に関する制度資料として参照。
10.中国政府公報「厨房の見える化に関する指導意見」。厨房や加工過程の公開、社会的監督に関する制度資料として参照。