中国経済の持続的な成長やインバウンド需要等を受けて、日本国内でも中国経済に関する報道が随分と増えました。そこで取り上げられる企業も、アリババやテンセントに留まらず、様々な企業が紹介されています。しかし、以前の批判的な風潮からの反動からか、手放しで礼賛するような報道も散見され、かえって実態が見えづらくなっているように見受けられます。そこで、本コーナーでは、日本で紹介され始めている著名中国企業を取り上げ、その実態と将来の展望、日本企業に対する示唆等を述べていきたいと思います。
第 12 回の今回は北京瑞荻互動科技有限公司が開発運営する「下厨房」というプラットホームをとりあげます。
中国のコロナウイルス感染防止のための、いくつかの対策により、移動の制限は、ビジネス活動に大きな影響を与え、ビジネスマンは、自宅での業務遂行を余儀なくされました。SNS、EC、オンライン決済など、もともとネットでのコミュニケーションに慣れていた彼らでしたが、自宅でのリモートワークでは、一つ予期せぬ問題が生じました。それは、3 度の食事です。もともと春節休暇期間であったこともあり多くの飲食店が店を閉めていたわけですが、外出や店舗営業の再開が制限されたために、近くのレストランは、軒並み閉店状態になり、ネットの出前サービスも肝心の配達員たちが帰省したままで、当時、唯一残された道は、自分で食事を作るという選択だったわけです。
(突然急増するダウンロード数)
2019 年の旧正月の大みそかの日にも、アクセスが集中して一度システムがダウンしました。今年 2020 年は、システムを増強し、その日を迎えたわけですが、無事に乗り越えエンジニアたちもホッと一息ついていたところでした。ダウンロード数は、上昇を続けていましたが、それは正常な増加傾向という認識で気にも留めませんでした。ところが、旧正月 3 日目に、突然システムがダウンしました。「そのときは、まったく信じられませんでした。あるいは、ハッカー攻撃を受けたのか?はたまた、データの読み違い?」その時の指数は、全体としては許容範囲だったのです。と、このプラットフォームの創始者である王旭昇氏はその時の様子をこう振り返っています。「調べてわかったのは、一部の指標だけが、いつもの 3,4倍にも増えていたことです。たとえば、夕方の 4 時か、5 時頃、ユーザーたちは、その時間になると一斉に料理の準備を始めます。」そのため一部のデータへのアクセス数だけが急増していたのです。その後ダウンロード数も、1 月末の 1 万余りから、わずか半月後には、7 万を超えるほど増えていまし
た。
この「下厨房」とはどんなアプリなのでしょうか?当初は、「美食と愛だけが、あなたを裏切らない」というスローガンのもと、レシピをシェアするだけの SNS 型アプリでした。2015 年に、EC機能を加え、良質の食材、厨房用品、サービスなどのネット販売を開始しました。さらに、2017 年には、さらに、厨房スタジオモジュールを追加し、有料番組として、料理方法を解説しながら調理の模様をライブ中継するようになりました。こうして「下厨房」は、単なるレシピを提供するだけのプラットフォームから、より趣味性が高く、料理好きの人にとってもより楽しめるものに昇華していきました。ホームグルメアプリでは、約 7 割のシェアをもち、業界トップ。EC の売上も 3 億元を超えるまでに成長しました。
グルメレシピ類のアプリには、この「下厨房」以外にも「豆果美食」「香哈菜譜」といった似たようなアプリもありますが、アクティブユーザー数の規模からみると、「下厨房」が、約 1000 万人なのに対して、他は、その 3 分の 1 ほどしかありません。アクセス回数や、使用時間のどれをとっても勝っていますが、唯一、次月残留率は、他より劣っています。これはグルメレシピとして揺ぎ無いポジションにあることを現している一方で、一旦は、訪れて使ってみるものの、そのコンテンツやサービスに物足りなさを感じて、競合他社のアプリに流出していくユーザーも多いのではないかとも想像されます。
誰が投資しているのでしょうか?
設立された 2011 年に、まず出資したのは、エンジェルの九合創投と、天使湾創投です。九合は、かつて百度を立ち上げた創設メンバーの一人である王嘯氏の投資会社です。天使湾創投は、杭州にあるネット関連のエンジェルステージ投資がメインです。設立されてからわずか 90 日で100 万ダウンロードを達成したこともあり、2012 年 6月には、シリーズ Pre-A として融資しています。さらに、同年 10 月には、策源創投から数百万ドルの融資を得るのに成功し、2013 年には、1000 万ダウンロードを実現しました。その後、2015 年 7 月にシリーズBで、華創資本、京東、摯信資本から合計 3000 万米ドルの融資を得ています。華創資本は、金融、ニュービジネス、ニューリテール関連のエンゼルからシリーズCまでの投資が多いベンチャーキャピタルで、中国と米国で約 80億元余りを運用しています。当時、「下厨房」はこのグルメレシピ分野で最も高い評価を受けていました。
このプラットホームの基本的な収益源は、ネット販売のコミッションと、広告です。それ以外に、料理教室などの有料サービスや、派生した商品として出版物などがあります。UGC の作り手と、コンテンツ利用者と消費者は、共にグルメ愛好者という指向性のあるセグメントの集団は、キッチン用品メーカーや、食材サプライヤーなど関連事業者にとってわかりやすいターゲットになっています。
このプラットフォームを立ち上げた王旭昇は、1985 年生まれ。江西省の出身です。2002 年に北京の北京服装学院デザイン学部ビジュアルコミュニケーション学科を出ました。在校期間中に、スウェーデンのデザインスタジオとの交流があり、そこで表面的なビジュアルの背後には、大量のデータ分析や研究があること学びました。2006 年にインターネットの世界に入り、「ユーザーを中心としたデザイン」という理念を掲げる UCDChinaに参画し、海外のネットデザインの手法を導入し、全国ネットデザイナー大会を立ち上げたりと、ネット企業におけるデザイナーの役割の重要性を主張しました。2008 年には、豆瓣網で、一人目のデザイナーとなり、読書、映画、音楽、コミュニティーなど多くのサービスラインナップの初期のデザイン構築や最適化をすすめました。その後、コミュニティーではプロダクトマネージャー、グループリーダー、豆瓣ミニストップの構築とその運営責任者などを経験しました。そして、2011 年に「下厨房」を立ち上げました。クリーンでエモーショナルなデザインとコピーライティングスタイルで多数のオリジナルグルメ作家を魅了し、グルメレシピ分野でのデザインのスタンダードとなりました。アップルストアからは、厳選アプリに選ばれ、グルメ分野で唯一公式オフラインエクスペリエンスストアに出店しました。創業者の王氏が、MBA でもなく、SE でもなく、アート系の出身だったことが、このプラットフォームの表現に強く影響し、他にない強みを保ち続けいるように思います。
「下厨房」は、2018 年に、新たに「懶飯」という調理の様子をシェアするショートビデオアプリのブランドを立ち上げました。抖音に設けられた「懶飯」チャネルは、すでに 1500 万の登録ユーザーを有します。さらに、2019 年「下厨房」のユーザ―数は、3 億をこえ、4 月には、北京にオフラインのリアル店舗を開設するに至っています。コロナウイルスの感染防止のために、図らずも突如出現した新しい局面で、次はどのような新展開をするのでしょうか?
MUFGバンク(中国)経済週報2020年3月31日第447期CDIコラムより
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