中国経済の持続的な成長やインバウンド需要等を受けて、日本国内でも中国経済に関する報道が随分と増えました。そこで取り上げられる企業も、アリババやテンセントに留まらず、様々な企業が紹介されています。しかし、以前の批判的な風潮からの反動からか、手放しで礼賛するような報道も散見され、かえって実態が見えづらくなっているように見受けられます。そこで、本コーナーでは、日本で紹介され始めている著名中国企業を取り上げ、その実態と将来の展望、日本企業に対する示唆等を述べていきたいと思います。
今回は、今年に入りにわかに再注目され始めたシェアリングバイク業界について、美団単車やハローバイクを中心に取り上げます。
みなさんは、シェアリングバイク(共享单车)と聞いて、何を思い出すでしょうか?
ある日突然道路の脇に広がる自転車の列。「乗り捨て可」というこれまで体験したことが無いような利便性。加熱する投資競争。資金が尽きた企業の相次ぐ倒産と、残された廃棄自転車の山。あたかも中国のスタートアップを取り巻く事業環境の「負の側面」を早回しで見せられているような、象徴的な失敗事例として記憶に残っているのではないでしょうか。確かに、シェアリングバイク業界を代表する 2 社のうち、モバイクは美団点評に買収されてしまいましたし、ofo は資金繰りに苦しんだ挙句、今ではショッピングサイト運営事業者として変わり果てた姿になってしまいました。
このような、既に「終わった業界」という印象のシェアリングバイク業界に、ここ数か月で投資が相次いでいます。例えば、2020 年 3 月には、アリババグループから出資を受けるハローバイクの運営会社「哈囉出行(helloglobal)」が資金調達を実施。一方、2020 年 4 月には、ライドシェア大手の「滴滴(DiDi)」傘下の自転車シェアリングサービス「青桔単車(DIDI BIKE)」が 10 億ドル(約 1100 億円)以上の資金調達を行ったと、中国スタートアップメディア 36kr が報じています。
一体何故、今改めてシェアリングバイクに注目が集まっているのでしょうか?
シェアリングバイクが今のタイミングで注目される背景には、3 点を挙げることができます。
<1:「地域の足」として定着>
冒頭でも触れた通り、物議をかもしたシェアリングバイクですが、そもそも爆発的に広がったのは、その利便性の高さにありました。たとえ投資家からの注目を浴びなくなったからといって、利便性の高さに変わりはありません。実際、上海を例に挙げても、以前のようにどこにでも大量にあるような状況ではなくなりましたが、学生街周辺など、「ちょっとした移動」をしたいユーザーが多数存在する地域では、しっかりと利用されています。
具体的なデータとして、36kr で報じられるところによると、北京では、2018 年上半期の 1 台あたり一日平均利用回数が 0.7 回だったのが、2019 年上半期には 0.84 回へ改善。同調査によると、美団単車(元モバイク)は1.7回、ハローバイクは1.6回と、平均値を大きく上回っています。徐々にではありますが、「地域の足」として必要不可欠な存在として定着しつつあることが伺われます。
<2:「値上げ」による収益モデル調整>
シェアリングバイクがビジネスとして行き詰まったのは、収益モデルに問題があるためでした。「シェアリング」と言いながらも、Uber のように既にユーザーが保有しているものをシェアすることで自身ではアセットを持たないモデルではありません。自ら大量の自転車を購入し、維持しなければならないため、非常に大きなコストを抱えることになります。それなのに利用料は極めて低い。デポジットの運用益を収益に充てたとしても、そのコストを賄うことはできず、現金を燃やし続けることになってしまっていました。
しかし、<1>で触れたような愛用者がおり、かつ競争相手がほとんど撤退し競争が緩やかになった今であれば、利用料の上昇にトライすることも可能です。実際、モバイク、ハローバイクは北京を皮切りに一回当たり料金を 15 分 0.5 元から 1 元まで値上げを行っています。また、モバイクは更に初乗り料金を 1 元から 1.5 元に高めました。このような取り組みにより、美団のシェアリングバイク事業が属する「新業務」セグメントは 2019 年の第二四半期から粗利ベースで黒字化を果たし、その後も粗利率を徐々に改善しています。
このような形で、ユーザーが支払いたいと思う金額とコストが見合うように収益モデルが再調整され、利益創出が見え始めたことも、再注目を浴びている背景と言えるでしょう。
<3:「本土生活」領域への組み入れ>
「本土生活」という言葉は近年中国国内で取り上げられることが増え始めています。これは、BtoC ビジネスの領域において、オンラインの成長から OMO(Online Merge Offline:オンライン企業がオフライン企業を飲み込んでいくこと)、その後のオフラインの再評価といった流れから、地域に密着した生活をオンライン・オフラインで支援することが重要である、という考え方にたどり着いたことで発生した概念です。例えばアリババグループであれば、決済アプリ「支付宝」を入り口に、フードデリバリーサービスの「餓了麼(ele.me)」、消費者・店舗を繋ぐ生活情報サービスである「口碑(Koubei)」等に導き、オンライン・オフライン双方で顧客を囲い込んでいくようなイメージです。アリババ、テンセント、美団等のメガプラットフォーマーが今まさに戦いを繰り広げている場所が、「本土生活」だといえるでしょう。
この「本土生活」領域で勝利するためには、ある特定地域内でいかに顧客接点を張り巡らせていくかが重要です。できる限り毎日、複数回利用され、オフラインの消費者行動データが取得可能なサービスを行うことが、顧客一人一人に関するデータを積み重ねながら新たな提案を続けていくために必要だからです。この視点で見たとき、シェアリングバイクは、まさにその条件に適う存在です。だからこそ、各社がこぞってこの領域に力を入れ始めているのです。
実は、シェアリングバイクでユーザーを獲得維持、データを取得したうえで他で稼ぐ、という発想自体は、シェアリングバイクがもてはやされたころから存在していました。しかし、当時はいずれのプレイヤーもシェアリングバイク事業のみの展開をしており、実現には程遠い状況でした。自身で収益を上げるつもりは無く、ある程度ユーザーを獲得したうえで BAT のような大手プラットフォーマーに売却することを狙っているのではないか、と邪推したくなるような状況です。結局、美団点評がモバイクを買収し、アリババが自らハローバイクを創業することで地道に実現の道を探り、やっと具体化が少しずつ見え始めた、ということだと解釈できるでしょう。
このように、一時は典型的な「中国的」失敗事例と見なされたシェアリングバイクも、今やっと地に足の着いた形で事業化されつつあるというのが、再注目される理由だと思われます。
以上、かつての「失敗事例」であったシェアリングバイクが見事に復活を果たした様子を簡単に見て参りました。この評価のアップダウンが激しかった業界の、少々地味ではあるものの確かな復活から、我々は何を学ぶことができるでしょうか?
シェアリングバイクのように「毀誉褒貶」の激しい事業や企業というのは、中国には多数存在します。ビデオストリーミング事業による大成功でスピード上場を果たし、電気自動車等を含む多角化を志したものの経営難に陥った「楽視(LeEco)」のような企業もあれば、最近だと「瑞幸咖啡(luckin coffee)」もこの範疇に含めて良いかもしれません。このような事業・企業に対しては、どうしても最初は持ち上げ、失敗すると「やっぱりダメだったか」「それ見たことか」とばっさり切って捨ててしまう場合が多いように思います。特に日本国内のメディアでは、読者・記者が実際にサービスを体験していない場合もあるがゆえに、その傾向が強いように感じます。
しかし、シェアリングバイクの例を見れば分かる通り、新しいビジネスモデルは中国の事業家たちのたゆまざる努力で少しずつ現実に適応し、進化していきます。当初持ち上げられていた頃程の派手さはないかもしれませんが、ビジネスとして成立し、新しい付加価値を提供し続けていることには変わりありません。
近年では、中国は日本の「未来図」として扱われることも増えました。弊社にも、中国の事例研究を活かして日本国内、あるいは他のアジア新興国でのビジネス展開の参考にしたいというご依頼も増えてきております。その際、時間や労力の制約上、どうしてもスナップショットのような形で、一時的・表層的に観察してしまう傾向があるように感じております。しかし、短期的な成功も失敗も、将来的なビジネスモデル確立に向けたプロセスでしかありません。もし、「未来図」として中国を扱うならば、定点観察を繰り返しつつ、その裏にあるメカニズムを考察し、自社・自国のビジネスへの応用可能性を考えるというのが、「正しい姿勢」なのではないか。再注目され始めたシェアリングバイクを見るにつけ、その思いを強くするところです。
MUFGバンク(中国)経済週報2020年4月27日第 450 期CDIコラムより
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