中国経済の持続的な成長やインバウンド需要等を受けて、日本国内でも中国経済に関する報道が随分と増えました。そこで取り上げられる企業も、アリババやテンセントに留まらず、様々な企業が紹介されています。しかし、以前の批判的な風潮からの反動からか、手放しで礼賛するような報道も散見され、かえって実態が見えづらくなっているように見受けられます。そこで、本コーナーでは、日本で紹介され始めている著名中国企業を取り上げ、その実態と将来の展望、日本企業に対する示唆等を述べていきたいと思います。
第 14 回は、特に飲食店向け配膳ロボット分野で最大手に成長し、直近では医療分野への進出が注目されている「擎朗智能」(KEENON)を取り上げます。
KEENON(企業名:上海擎朗智能科技有限公司)は、人口智能を搭載したロボットの開発・製造企業として2010 年に創業。当初は教育分野を始めとした幅広い分野向けに「ヒト型」ロボット開発も手掛けていたのですが、2013 年頃より、配膳ロボットを中心とした商用サービスロボットに対象を絞りました。
現在の主力製品は、2016 年に発表された、無軌道自律走行を特徴とする「PEANUT」シリーズです。
同シリーズは、2017 年より量産を開始。2018 年に、大手火鍋チェーンである「海底撈」のスマート店舗で採用されたことが転機となり、大きくシェアを伸ばしました。
現在では、中国国内の大手飲食チェーンをメインの顧客とし、国内の 500 近い都市で導入実績を持ち、国内の飲食店向け配膳ロボットとしては 70%超のシェアを獲得。シリーズ累計の総走行距離は約 248 万 km(地球を 60 周以上)、延べ配膳回数は 860 万回超と言われています。
2019 年には 2 度の資金調達(シリーズ B)で合計 2 億元を調達し、飲食業界での更なる普及を目指しています。
海外展開にも積極的で、既に 20 超の国・地域での導入実績を持っています。2019 年 12 月には日本企業ともパートナーシップを締結し、日本市場への販売も行っています。
また、直近では新型コロナウイルス感染症の影響により、院内感染防止のため病院内の無人配膳ニーズが高まったことを受け、湖北省を中心に浙江省・広東省・四川省・重慶市・湖南省・江西省など各地で、2020 年 2月までに約 60 台の院内配膳ロボットを配備したこともニュースとなりました。
KEENON 創業者である李通は、メディアに対して「病院や隔離ポイントといった使用シーンは、実は今までに想像してこなかったものだ」と語っており、コロナ禍を一つの契機として、更なる成長が期待されることを強調しています。
これほどの実績を残してきた KEENON ですが、その“強み”はどこにあるのでしょうか。同社の強みとして語られるのは、主に「価格優位性」と「技術優位性」の 2 点です。
確かに、いち早く量産化を成し遂げた KEENON には価格優位性がありました。「PEANUT」シリーズの飲食店向けのリース価格は 99 元/日(約 3,000 元/月)とされています。
同社の提携先である「海底撈」の従業員の平均月給 6,000~8,000 元/月(含、福利厚生費)であり、配膳効率は「PEANUT」シリーズ一台で従業員約 2 名分と言われていますから、そのコストパフォーマンスの高さは明らかです。
しかし、競合からの価格攻勢も激しく、例えば、飲食店向け配膳ロボット分野で KEENON に次ぐ PUDU(企業名:深圳市普度科技有限公司)は、「PEANUT」シリーズと同じ無軌道自律走行タイプのロボットの飲食店向けリース価格を、2,000~2,500 元/月に設定しています。
もちろん、製品スペックの違いもありますから、単純に金額のみで比較はできません。但し、各社の間で価格競争が進むことは容易に想像できますし、その中で、KEENON の優位性が弱まっていくことは、ほぼ間違いないでしょう。
また、二点目の技術優位性について。
KEENON は上述したような豊富な実績に加えて、国内外のロボット業界/人工知能業界で数々の受賞歴を持ち、一定の技術力を有すると評価すべきでしょう。飲食業界向け配膳ロボットとしては、確固たる優位性を築いているように見受けられます。
但し、新たな分野において、この優位性を発揮し続けられるか、という点は未知数です。KEENON は、病院への配膳ロボット配備に当たって「雑然とした飲食店向けに培ってきた無軌道自律走行技術は、病院のように人の導線が確立された環境に応用するのは容易だ」としています。
しかしながら、医療業界は極端に言えば「配膳ミスが命に関わる」分野であり、飲食業界以上に高い水準での安全性/安定性が求められますし、それに対応した各種規制や許認可の問題も出てきます。また、食事以外の物資(医薬品など)の輸送にどこまで対応するか/消毒ロボットなど輸送以外のロボットにどこまで本格的に取り組むか、といった点も、今後の事業展開に向けた重要な検討事項になってきます。
現在はある意味「緊急事態」ということで配膳ロボットの導入が進んでいるようですが、この一事をもってKEENON の医療分野向けロボットメーカーとしてのポジションが確立されたと考えるのは、早計に過ぎるでしょう。
高齢化の進展に伴う労働力確保の問題や人件費の高騰もあり、飲食業界も含めたサービス現場へのロボット導入は、中長期的に見て避けられないトレンドとなっていくと考えられます。
KEENON としては、今後もこのトレンドに乗って、実績豊富な飲食店向けロボット事業の更なる拡大をメイン事業とする点は変わらないと考えられます。当面は新型コロナウイルス感染症の流行による飲食店の利用者減少が向かい風となる可能性があるものの、同時に無人配膳の利便性/有用性が改めて“発見”されたことは、ロボット導入のトレンド自体にとっては追い風となることでしょう。
また、今回のコロナ禍を契機として医療業界という新分野での事業機会が見出されたこと、但しその開拓は決して簡単ではないことは、既に述べた通りです。
現在進行形で新型コロナウイルスの影響に対応している状況にあっては、視点がプラス/マイナスいずれか一面に単純化されがちです。
しかし、KEENON にとって中長期的に変わらないトレンド/短期的な影響/新たに見出された機会と課題がそれぞれ存在するように、実態がより複雑なことは言うまでもありません。
直近の「危機」がクローズアップされがちですが、爆発的な流行が一段落した後の「ポスト・コロナ」とも呼ぶべき世界を見据えて、本来は“当たり前”である長期的な/複眼的な視点を忘れないこと。改めて、その重要さを感じています。
MUFGバンク(中国)経済週報2020年5月26日第454期CDIコラムより
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