中国経済の持続的な成長やインバウンド需要等を受けて、日本国内でも中国経済に関する報道が随分と増えました。そこで取り上げられる企業も、アリババやテンセントに留まらず、様々な企業が紹介されています。しかし、以前の批判的な風潮からの反動からか、手放しで礼賛するような報道も散見され、かえって実態が見えづらくなっているように見受けられます。そこで、本コーナーでは、日本で紹介され始めている著名中国企業を取り上げ、その実態と将来の展望、日本企業に対する示唆等を述べていきたいと思います。
第 17 回の今回は、中国教育業界の雄である、新東方教育科技集団(New Oriental Education & Technology Group Inc)を取り上げます。(以下、本コラム内では新東方と総称します。)
COVID-19 の影響を受け、新たな生活様式(ニューノーマル)が試行錯誤されている状況の中で、「デジタル」や「オンライン」は我々の生活の中でますます存在感を増しているように見えます。それは「教育」においても例外ではありません。
中国では、COVID-19 による教育崩壊の危機に際しても、官民協力により、オンライン授業を活用した教育形態へ比較的うまく対応しており、日本より 1 歩も 2 歩も先へ行っているようにも見えます。中国政府の教育部は2 月 6 日に「停課不停学」(休校しても学びは止めない)の方針を各地方に打ち出しています。その方針を受けた地方政府は民間企業とも連携し、マルチデバイス対応のオンライン教育プラットフォームを構築するなど、まさに「停課不停学」を体現しています。そのスピード感に日本との大きな差を感じざるを得ません。
【学習塾業界の雄 新東方】
その中国の教育業界の中にあって、新東方は学習塾として業界を代表する大手企業の1社です。ここ数年の業績を見ても、2014 年度に約 1,139mil USD であった売上高が、2019 年度には 3,000mil USD を超えるなど年平均 20%以上の成長を実現しており、もう 1 社の大手企業である好未来(TAL Education Group)と並んで中国学習塾業界の 2 大巨頭と呼んで差し支えないほどの成功を得ています。
中国のいわゆる EDTECH と呼ばれる領域においては、オンラインチューターサービスの Yuanfudao(猿辅导)や、オンライン学習指導サービスの Zuoyebang(作业帮)を始めとしてさまざまなユニコーン企業が登場しています。加えて、インターネットサービス大手のアリババやテンセントも教育プラットフォーム事業へ参入するなど、各社がしのぎを削っています。
あっという間にレッドオーシャンともなった苛烈な競争環境の中で、新東方が有するユニークな強みとはいったい何なのか、を見ていきたいと思います。
1、オフラインの塾としての顧客接点
新東方は元々、北京大学英語教師の Michael Minhong Yu 氏が、1993 年に TOEFL 試験対策校として創業しています。
北米の高等教育機関への入学へ必要な GRE、GMAT、TOEFL などの英語試験の対策および中国内で大学生を対象に実施される英語試験(CET:College English Test)対策などの英語教育を主力としながらも、その他にも数学や物理、化学、歴史、政治などの補修学習、幼児や低学年向けの英語教育や情報操作教育サービスへと事業を拡大しています。
現在では、1,000以上のサービスセンターを拠点として有しており、オフラインの拠点における顧客接点の強さが他の EDTECH 企業が持ちえない特徴となっています。
2、オンラインへの投資・強化
上述のようにオフラインの豊富な拠点網を持ちつつ、近年ではオンライン授業への投資に積極的に取り組んでいます。
2005年にkoolearnの名でオンラインサービスを開始、2019年には傘下の新東方在線というオンラインサービスの会社を上場させるなど勢いを加速しています。他にも新東方 AI 研究所の設立や、イリノイ大学、中国科学院自動化研究所、北京師範大学心理学部、スタンフォード大学、テンセントなどさまざまな企業・機関と提携を実施するなど、オンラインサービスの開発、技術面の強化に本気で取り組んでいます。このあたりは日本の学習塾の取り組みとは規模感もスピード感も大きく異なる点ではないでしょうか。
3、特長あるサービス開発
新東方はオフラインとオンライン双方に強みを持つ学習塾として独特の経営資源を有しています。そのユニークな強みを活用した 1 つのサービスが「双師課堂」と呼ばれる授業形態です。これはオンラインでのストリーミング授業配信+オフラインでの学習補助を提供する教育サービスです。これ自体は今や珍しいものではないですが、優秀な講師による質の高いストリーミング授業、オフラインでの自社講師による丁寧な学習補助、モチベーション向上などは、新東方の得意とする所であり、大きな差別化要素となっています。
オンラインのサービスが次々に登場しているとはいえ、教育というものの本質を考えるとオフラインの接点は今後も一定の価値を持ち続けると思われます。教育サービスは、購入意思決定者である保護者からサービスがなかなか見えにくいため、信用や安心感など目に見えにくいものが重要視されてきた業界でもあります。
ただ一方で、オンラインの登場により、授業の中身が見えやすくなる、学習進捗が見えるようになる、など新たなサービスの登場と共に消費者の価値観や判断基準が揺さぶられている段階であることもまた事実です。
今後、オンラインとオフラインを如何に統合して顧客満足度の向上を実現し、併せて自社の収益を最大化するモデルをどう構築していくか、が新東方の課題となっていきます。新東方のようにオフラインとオンラインで強みを持つ企業やオンラインサービスそのものの技術力・ユニークさに強みを持つ企業などが競争を繰り広げ、デジタルへの投資を行えない企業が淘汰されていくなど業界の再編も進みそうです。
日本においては、いわゆる学習塾のオンライン化の取り組みはまだ道半ばに見えます。他社開発 AI やアプリを導入する程度に留まるのが大部分の企業の現状ではないでしょうか。中国ならではの事情があるとはいえ、教育業界におけるオンラインとオフラインの統合の事例、およびその先にある新たな価値訴求のベンチマークとして新東方をはじめとした中国企業の今後を注視する意味は決して小さくないのでは、と感じます。
MUFGバンク(中国)経済週報2020年8月25日第466期CDIコラムより
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