中国経済の持続的な成長やインバウンド需要等を受けて、日本国内でも中国経済に関する報道が随分と増えました。そこで取り上げられる企業も、アリババやテンセントに留まらず、様々な企業が紹介されています。しかし、以前の批判的な風潮からの反動からか、手放しで礼賛するような報道も散見され、かえって実態が見えづらくなっているように見受けられます。そこで、本コーナーでは、日本で紹介され始めている著名中国企業を取り上げ、その実態と将来の展望、日本企業に対する示唆等を述べていきたいと思います。
第 2 回は、中国でオンライン医療サービスを提供し、昨年 5 月に香港市場へ上場を果たした平安好医生(Ping’an Good Doctor)を取り上げます。
スマホアプリ上で病院(診療科や医師)の紹介と診察予約/問診・健康相談/医薬品をはじめとしたヘルスケア製品の EC 等を行えるプラットフォーム「平安好医生」は、2015 年にサービスを開始。アプリの登録ユーザー数は 2017 年時点で 2 億人近く、多い日では利用者数が延べ 50 万人超に達すると言われています。サービス開始から 3 年後の 2018 年 5 月には、運営会社である平安健康医療科技がメディテック(オンライン医療サービス)事業者として初めて香港証券取引所に上場、と言えば、その勢いを感じることができるでしょう。また、ソフトバンクグループ(ソフトバンク・ビジョン・ファンド)が 4 億ドルを出資していることでも知られています。
中国では、質量ともに医療資源が不足している上、高度な医療資源が沿岸部や大都市に偏在しています。こうした状況を踏まえると、web サービスやアプリを通じてオンラインで健康管理を行い、必要に応じてオフラインの実体病院で診療を受ける、というオンラインとオフラインの分業による効率化は不可避だったと言えるでしょう。事実、平安好医生の他にも、「微医(We Doctor)」「好大夫在線」「春雨医生」など、類似のサービスは枚挙に暇がありません。
ただ、その中でも平安好医生は、決済プラットフォームをはじめとして母体である平安保険グループと各方面で連携していることや、社内で独自に医療担当者を組織することで質の高い問診・健康相談サービスを提供している点に強みを持つと言われています。これらの強みが企業の成長スピードにも反映されているようで、例えば未上場での評価額が 10億ドルを超え、「ユニコーン企業」に数えられるまでの期間で見ると、「微医」が5 年、「好大夫在線」が 9 年を要したのに対し、平安好医生はわずか 2 年でした。そして、この業界で初めて上場を果たしたことは、既に述べた通りです。
このように平安好医生は、中国メディテック業界の「勝ち組」として確固たる地位を築いているように思えるかも知れません。しかしながら、今後の立場は、決して盤石とは言い難いようです。
1:平安保険グループに集客を依存
前述の通り、平安保険グループとの連携が平安好医生の強みの一つではあります。保険のセールスマンが保険商品の販売と並行して「平安好医生」アプリの無料ダウンロードを薦め、それによって多数のユーザーを獲得する、というモデルで、平安好医生は成長してきました。しかしながら、平安保険グループへの依存度が高すぎるのではないか、という指摘も出ています。
例えば、2018年の平安好医生の営業収入は33.4億元に達しますが、このうち、約13億元は平安保険グループとの取引額であり、実に 40%近くを平安保険グループに依存していることになります。
また、2 億人近いユーザーの約半数は、例えば保険加入者に提供する健康相談サービスの一部を平安好医生に送客するという形式でサービスを利用しており、実は平安好医生アプリではなく、平安保険グループの別サービスのユーザーです。
平安保険グループの一員としての立ち位置があってこその急成長かと考えると、純粋に医療サービスプラットフォームとしての競争力が他を圧倒しているとは言い難いものがあります。
2:実は差がない医療サービスの「質」
平安好医生のもう一つの強みが、自社で医療担当者を組織していることによるサービス品質の高さでした。しかし、この点にも疑問符が付きます。平安好医生が医療担当者を自社で抱えているとは言え、その中で医師免許を持つ「医師」はごく一部でしかありません。例えば、2018 年末時点で、平安好医生は 1,000 名超の医療担当者を組織していますが、その中で医師免許を持っているのは 215 人のみで、その他は医療アシスタント職とされています。
つまり、平安好医生が「オンライン診療」を提供しているとは言え、その実態は自動化プログラム+医療アシスタントによる簡易的な問診が主であり、医師免許を持つ医師は、診察の最終段階での診断や処方を行うのみである、と言えるでしょう。
それでは、一日に延べ 50 万人超にも達する大量の患者(これは「三級甲等」に分類される大型総合病院にして数十件分に相当します)にどのように対応しているのでしょうか。
結果的に、近年の平安好医生は、他のメディテック企業と同じく、外部医師のネットワーク拡大に努めるようになりました。2017 年末から 2018 年末の一年間にかけて、社内の医療担当者は 888 名から 1,196 名へと 308名(約 35%)増加したのに対し、ネットワークされた外部医師の人数は 2,139 人から 5,203 人へと 2 倍以上に増えています。これは、社内から社外へ、医療資源の配置に関する戦略を明確に転換したことを示しています。
そして、それは同時に、平安好医生が競合サービスとの差別化要素を手放しているということも意味するでしょう。
以上を踏まえると、平安好医生の強みは「平安保険グループに由来する集客力」に尽き、オンライン医療サービスプラットフォームとしては競合サービスに対する明確な強みを持たないことがわかります。
平安好医生を冷静に評価するならば、オンライン医療プラットフォームとしては優位性確立に向けた試行錯誤を続けながらも、患者の獲得という「陣取り合戦」においては他社に一歩先んじている、ということになるでしょう。
日本はおろか、世界的に見ても「勝ちパターン」の確立されていないメディテック領域において、まずは患者数、即ちユーザーの“量”の獲得を最優先にすることは極めて合理的な戦略と言えます。しかしながら、ある程度まで新規ユーザーの流入が進むと、その先にはサービス間でのユーザーの棲み分け、即ち自社のサービスに合致したユーザーの“質”に基づく競争が待っていることも、また自明です。
その意味で、平安好医生は“量”の戦いでは優位性を持っていたものの、“質”の戦いへとゲームのルールが変化した後に、いかほどの競争力を持つかは未知数です。
メディテックに限らず、今後は様々な業界において、勝負のポイントが「量」から「質」へと変化していきます。その中では、日本企業がこれまで培ってきた製品/サービスの質の高さが活きるはずですし、日本企業との協業によって競争力を高めたい、という中国企業のニーズも更に高まると考えられます。
しかし、「量」を取りに行くために“日本品質”“や”日本ブランド“を謳い文句としたいだけの場合もあります。また、変化の激しい中国市場においては、意思決定に時間がかかりすぎてしまうと、本当に高い「質」をもってしても覆せない「量」の差が生まれてしまうこともあります。
そのため日本企業には、中国側の本音を冷静に見極めつつ、一方でスピーディに対応することが求められます。言い換えれば、製品/サービスの質を活かすための「経営の質」が問われるということでもあるでしょう。
MUFGバンク(中国)経済週報2019年6月13日第427期CDIコラムより
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