中国経済の持続的な成長やインバウンド需要等を受け、日本国内でも中国経済に関する報道が随分と増えており、そこで取り上げられる企業も、アリババやテンセントに留まらず、様々な企業が紹介されている。本コーナーでは、日本で紹介され始めている著名中国企業を取り上げ、その実態と将来の展望、日本企業に対する示唆等を述べていきたい。
第 20 回は、自己発熱火鍋の「自嗨锅」を展開する重慶金羚羊電子商務有限公司を取り上げる。
「自嗨锅」とは、自己発熱する仕掛けになっているインスタント食品である。
今年、10月に 5000万米ドルのシリーズ C の融資を得たことがニュースになった。その時点での時価総額は、5 億米ドルと言われる。
シリーズ A の融資資本である華映資本董事曹霞氏は、「自嗨锅のいる市場セグメントは、充分巨大で、製品の差別化や、ユーザーニーズへの対応、品質の向上などで SKU の拡張余地は十分ある。創業者やそのチームは、製品、チャネル、ブランド、サプライチェーンに関して、充分な能力と、リソースを持っている」と評価している。
当社は、2017 年に設立された。「自嗨锅」が、実際に市場にでたのは、2018 年である。その前年、1 年を使って、製品開発とブランドのポジショニングについて検討がなされた。発売後すぐに爆発的な人気を博し、わずか 1 年で 1 億元の売上を達成している。
自嗨锅創業者で、董事長でもある蔡紅亮氏の中心的な戦略はシンプルなもので、「製品力」 「ブランド力」「チャネル力」の3つに集約される。
【ターゲット】
自嗨锅のターゲットは、95 年世代、00 年世代の「一人食」をする新世代の若者である。中国全体で 90 年代生まれが、主体となるこの一人食経済が勃興しつつあり、2020 年では、すでに数千億元規模の市場に成長しているともいわれている。例えば、この自己発熱鍋を例にとると、Tmall2019 年のデータでは、18~29 歳のユーザーがその 67.36%になり、さらにそのうち大学生や、就職したばかりの若いホワイトカラーが 50%を占めると言われる。彼らは、より高い品質や健康、安全といったものへの要求が高い一方で、簡単で、便利、かつ面白い!というものへの要求も高い。
【製品戦略】
よりよい商品を開発するために、蔡氏は、自嗨锅を立ち上げる 1 年前、重慶と、成都の路地を隅から隅まで歩き回り 100 店近くの火鍋店を巡りながら、その鍋のスープを研究した。
さらに、重慶火鍋のマスター王志忠氏を、主席技術官に迎えた。王志忠氏は、16 歳から料理の道にはいり、その世界では、大師級と言われている人物だ。彼の 60 年にわたる重慶の正当な火鍋料理の技を、自嗨锅で再現することにした。
その山椒の辛味、唐辛子の辛味、食材そのもののうま味と香りを、自嗨锅に再現するために、技術的な研究開発もなされている。その中心的な技術は、「FD 宇航冻干技术」という真空冷凍乾燥技術だ。通常は、零下 30~50 度の低温真空状態で、含まれた水分を氷結させずに直接蒸発させてしまうもので、食品加工技術
の一つだ。さらにこれに加えて高コストなアルミ箔ボックスなどを使うなど、食品のもともとのおいしさを保ちつつ、健康、安全に配慮し、競合他社に対する比較優位性を確保している。水をいれて還元された食材は、もとの食材の 95%の食感を復元し、栄養もほぼ完全な形で保たれており、いかなる添加剤も使われていない。そのかわりコストは、4 倍といわれる。
自己発熱食品のトップブランドとして、自嗨锅は、常により高い規格水準をめざしており、いわゆる「自己発熱インスタント食品」及び「食品用発熱包装」の業界団体規準の草案を策定し、自己発熱食品業界をより高い段階へ引き上げると同時に、業界自体の参入障壁をより高くしようとしているように見える。
【ブランド戦略】
ブランド戦略は、オンラインでスタートした。
2018 年 3 月、映画やドラマで活躍する林更新が、マイクロブログで、「番組のあとお腹すいちゃってさぁー、この火鍋がちょー辛くって、俺のクールさが際立つぜ!」とつぶやいたメッセージが始まりで、彼はイメージキャラクターとなり、そのあとも、欧陽娜娜、華晨宇、謝娜といった多くの有名人たちが、「種草」(チェック)して、まるで芸能人がみな食べているかのようなイメージを作っていった。
こうしたことから、ネット有名人ブランド戦略とでもいうのだろうか?同社の製品は「網紅ブランド」(網紅は、ネット有名人の意)ともいわれる。
蔡紅亮は、「自嗨锅は、決してネットだけで有名なブランドではないけれど、将来この分野でトップになるには、まずは、ネット有名ブランドという称号を経なければならない。」·「ネットで有名になるには、クリエイティブでなければならない。商品そのものも、またパッケージデザインも、『ややっ!』と人目を引くようでなければならない。自分たちの考えはシンプルで、1 つの商品が、注目されて有名商品になるとすれば、それを N 個そろえれば、ブランド力となる」というものだ。
狙いは新世代の若者たちだが、そこでブランド力を得るために、どの商品を、どんなデザインでやるか?キャッチコピーは?どんなタイミングで?どのブロガー?それともどんな番組のスター?など、関連する検討事項に極めて慎重かつ細かい検討が加えられる。いかにこの新世代の若者たちの心をつかむかはここにかかっている。自嗨锅は、コラボを通じて自分たちのブランドを作っていった会社ともいえる。また、それらはこれまでのところ上手くいっている。
最近の例としては、新しいイメージキャラクターに虞書欣を選んだことだろうか。ネットの人気者と、自嗨锅の相性は絶妙で、すぐに抖音などでのそれをまねた UGC が多く投稿されることになった。
虞書欣のファンの多くは、女性で、且つ、60%は、00 年代生まれ、30%が 95 年代生まれの「食べもの」への執着の深い集団だ。それらは巨大な潜在市場でもあるのだ。
これ以外にも、バラエティー番組の「青春環游記2」や、「明日之子4」「未知の食卓」などにも深くかかわっており、その番組がドラマチックに盛り上がるきっかけに必ず自嗨锅がでてくるといったように、見ている視聴者も食べたくなるような共感を生む仕掛けが設けられている。
こうしたマーケティング手法はすべて彼らの DTC (Direct To Consumer)による製品開発という考え方に基づいている。つまり、顧客への理解だ。顧客は何が好きで、何をみんなと共有したいかといったようなことで、そこから逆に、どんな製品を作ればいいのかを考えている。
【チャネル戦略】
オンラインチャネルから販売を開始した自嗨锅だが、2018 年末から、オフラインチャネル開発に乗り出している。2020 年 8 月時点で、オフライン販売チャネルは、すでに 50%に至っている。2 月~7 月の売上は、2.57億元。自嗨锅は、即席性の商品であり、オフラインチャネルは、依然として、将来的な成長の重点だ。予定では今年のうちに全国 263 地方都市の 9 割をカバーすることになっている。
彼らの代理店選定は、必ずしもその規模を基準にせず、彼らの価値観に共感できるところを中心に取り込んでいるという。ただ、そうして選定した代理店が、自嗨锅の望むすべての消費シーンをカバーするわけではないため、それらに教育指導や、ソフト、ハード両面の支援をしてる。
「釣具店」チャネルという潜在市場のホットポイントの発見は、そうした努力の結果ともいえるかもしれない。人々の余暇の過ごし方も多様化して、多くの人が日常的に釣りを楽しむようになってきたのに、見落とされていた大市場だった。
自嗨锅は、バランスをとりながらオンオフ両方を上手に使っている。
コロナ禍の時期、インスタント食品の消費は急増した。オンラインチャネルとオフラインチャネルを比較すると、当然、オンラインチャネルのほうが利益率がいいのだが、自嗨锅は、優先的にオフラインの代理店に商品を供給し、オンラインでは、小ロットの販売に限定した。それだけではなく、オフラインの代理店と共同で、セールスキャンペーンを打ったり、販促活動を進めていった。
さらに、オフラインの代理店網を安定的に機能させるための基本は、「安定した価格体系」だと考えており、そのため当社は全面的なオンライン上の価格のコントロール権限を有している。例えば、オンライン上のイベントセールスでも、セット商品にするなどして、オンオフ両方のチャネルでの価格の統一性を保持し、オフラインの代理店も十分な利幅がとれるようにしている。さらに、横流し商品についても、独自の追跡コードを有しており、製品の流れを掌握できるよにし、横流し防止にも手を打っている。
創業者の蔡紅亮氏は、この自嗨锅を立ち上げるまえに、オフラインブランド「百草味」を創業している。その成功のおかげで、新しいブランドをどう立ち上げるについて独自の考え方を持っており、そのメソッドを使って自嗨锅を立ち上げたともいえる。ちなみに、「百草味」は、2020 年にペプシが買収している。
彼は、「製品に没頭し 4 年、自嗨锅の今の規模と地位を築いてきました。これからこれまでどおり製品をより突き詰めて、さらなる技術の向上をすすめ、創造能力と更新速度を、ブランド価値に防壁を築く助けにしたい。」と語っている。
パッケージされたインスタント食品以外に、オフライン上で、標準化されたレストラン展開にもチャレンジしている。最近、釜めしシリーズともいえる料理専門店を、杭州にオープンしている。
いわゆるカップ麺をはじめとするインスタント食品は、もはや勝負のついた商品だも思われるわけだが、市場は多様化しながら拡大を続け、技術も進歩し、中国の人々の暮らしぶりも変化し、健康志向が高まりつつあるところに、新しい市場セグメントが生まれ、自嗨锅はその商機を逃さず成長したと言える。拡大する中国市場で次々に生まれる市場の萌芽期を商機とみるか、リスキーだと考えるか。自嗨锅を味わいながら考えてみるのも良いかもしれない。
参考記事:「经纬低调新闻」「36氪」「甲方财经」
MUFGバンク(中国)経済週報2020年11月24日第478期CDIコラムより
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