中国経済の持続的な成長やインバウンド需要等を受けて、日本国内でも中国経済に関する報道が随分と増えました。そこで取り上げられる企業も、アリババやテンセントに留まらず、様々な企業が紹介されています。しかし、以前の批判的な風潮からの反動からか、手放しで礼賛するような報道も散見され、かえって実態が見えづらくなっているように見受けられます。そこで、本コーナーでは、日本で紹介され始めている著名中国企業を取り上げ、その実態と将来の展望、日本企業に対する示唆等を述べていきたいと思います。
第 5 回は、「白酒」という伝統的な産業において、「若者向け」という新しい切り口で急成長を遂げた「江小白」を取り上げたいと思います。
「江小白」というブランドが生まれたのは 2012 年。創業者の陶石泉は当時 34 歳。四川省の白酒メーカーで働 いて 10 年が過ぎようとしていました。当時から若年層向けの白酒がないと考えていた彼は、そこをターゲットと したブランドとして、「江小白」を立ち上げます。
若者をターゲットにする際に彼が特にこだわったのは、商品です。ウィスキーの小瓶と同様のサイズにした上 で、味も他社品よりもより軽い口当たりに設定。飲み方も、氷を加えて飲む方法や果汁を加えて飲む方法など、 白酒特有の香りや味が苦手な層にもリーチできるような商品づくりを徹底しました。
また、瓶のデザインにも一工夫を凝らしました。「青春不是一段时光,而是一群人(青春とは、ある時期のこと ではなく、そこで出会った仲間のこと)」「肚子胖了,理想瘦了(腹が出た、夢は痩せた)」等、若年層の琴線に 触れるようなメッセージを瓶に書き込むことで、若年層の共感を得ることを狙ったのです。
彼の工夫は、更にプロモーションにまで至ります。若年層向け、というターゲットに合わせて、自ら「YOLO 音楽現場」というヒップホップフェスティバルを企画したり、「我是江小白」というアニメを制作する等、これまでの白酒ブランドでは考えられなかった方法でプロモーションを行ったのです。
彼の戦略は大いに当たりました。創業初年度には売上高 5,000 万元を達成、その後も成長を続け、2018 年には 20 億元程度まで成長したと言われています。従業員数も、創業時の 10 人から 2,000 人まで拡大しています。陶石泉は、メディアに対して「我々はあくまで伝統的産業におけるスタートアップ企業。したがって、できればゆっくり、謙虚に物事を進めていきたい」と語っていますが(21 世纪经济报道:2018 年 8 月 11 日)、2014 年に IDG 資本から数千万元の資金調達を実行して以降、既に B ラウンドまで資金調達が進行、大きな成長を期待されていることが伺われます。
さて、若者向けで成功した「江小白」ですが、彼らの成功の要因は何でしょうか。若年層をターゲットにした着眼点や、独特な商品パッケージやプロモーション手法等はもちろん重要ですが、彼らを成功に導いたのは、徹底的な「場景(シーン)」へのこだわりだと思われます。陶石泉は、メディアによるインタビューの中で、自らの創業を振り返りこのように話しています。
「中国の飲酒文化の中で、円卓文化は非常に特徴的であり、そこで飲まれる白酒もまた多くのこだわりがある飲み物。誰が上座に座り、誰がその隣に座るのか、その隣は誰なのか・・・そういったことまで約束事がある。しかし、我々の白酒は円卓で飲まれることはない。我々は四角いテーブルを狙った。3~5 人くらいの仲間が集まるテーブルこそが、我々の主要な消費シーンなのだ。(棱镜深网:2019 年 8 月 16 日)」
つまり、若者をターゲットにした、ということではなく、若者が仲間同士で楽しく酌み交わすシーンをターゲットにした、ということです。実際、江小白のプレゼンテーション資料の中では、商品紹介部分の最初のページに、まさに若者たちが酌み交わす写真が掲載されています。
この違いは小さいように見えるかもしれませんが、江小白の差別化を行う上で非常に大きな違いを生み出します。というのも、白酒業界は、製造メーカーが中国全土に 1000 社以上が存在する競争の激しい業界です。いくら江小白が若者をターゲットとして味を調整したからといって、似たような味の白酒は既に存在しているか、あるいはすぐに模倣されてしまうでしょう。パッケージ等も同様です。しかし、消費されるシーンの違いであれば、模倣は格段に難しくなります。若者がどのような時に、どのような場所で飲酒するのか。そこに合う白酒はどのようなものか。そういったことを想像した上で、イメージ作りのための新たな施策を次々に打ち出していくことは、容易ではありません。上述した「パッケージにメッセージを書く」というのも、若者たちが青春を懐かしく思いながら語り合うシーンのきっかけとなることを目指したものです。また、近年では中華系軽食チェーン「周黒鴨」とコラボレーションしていますが、これも、ちょっとしたつまみと合わせて飲んでほしいという狙いの現れです。このような、若者に対する深い理解に裏打ちされた「白酒のあるシーン」の再発明こそが、江小白の成功要因だと言えるでしょう。
陶石泉は、同じくメディアからのインタビューの中で、90 年代生まれ・95 年代生まれの消費者におけるニーズの多様化こそが、業界自体の進化を測る基準だと述べています。ニーズが多様化しているからこそ、江小白のような新たなセグメントをターゲットとするブランドが成長している、というように認識しているのでしょう。
この、市場ニーズの多様化は、我々日本企業が成熟する日本市場の中で日々頭を悩ませつつも格闘してきた現象です。コンビニエンスストアに入り、コーヒーやお茶の棚を見れば、多様化に対応するためのメーカーの努力がひと目でわかるでしょう。いわゆるインバウンドにおける「爆買い」も、中国にはない多様な商品群が中国人消費者を魅了していることが一因でしょう。日本企業にとって、中国市場に新たなチャンスが到来しているのは疑う余地もありません。
しかし、試みに出品したところ模倣されて市場から退出せざるを得なくなる、というのも、これまで日本企業が何度も繰り返してきたことです。そうならないためにどうすべきか。商標登録のような法的手段もありますが、江小白の例は、それとは異なる差別化の方法を示しています。自分たちの商品がどのようなシーンで使われているのか。あるいは、使われてほしいのか。これからの市場展開には、そのようなシーンの再発明、が求められているのではないでしょうか。
MUFGバンク(中国)経済週報2019年9月5日第433期CDIコラムより
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