中国経済の持続的な成長やインバウンド需要等を受けて、日本国内でも中国経済に関する報道が随分と増えました。そこで取り上げられる企業も、アリババやテンセントに留まらず、様々な企業が紹介されています。しかし、以前の批判的な風潮からの反動からか、手放しで礼賛するような報道も散見され、かえって実態が見えづらくなっているように見受けられます。そこで、本コーナーでは、日本で紹介され始めている著名中国企業を取り上げ、その実態と将来の展望、日本企業に対する示唆等を述べていきたいと思います。
第 6 回は、昨年、ゴールドマンサックス主導で 1.27 億ドルの資金を得た「移動健身(モバイルフィットネスジム)」を標榜する北京卡路里科技有限公司が運営する Keep をとりあげたいと思います。
最近、マンションのビデオ広告で Keep のコマーシャルを見かけることがあるかもしれません。「自律给你自由」(自律があなたに自由をもたらす)という呪文のようなキャッチフレーズに、なぜか共感してしまう人もいるのではないでしょうか。Keep を運営するのは、北京卡路里科技有限公司(Beijing Calorie Technology CO.,Ltd.)。Keep は、サービスを提供するプラットフォームの名前です。
そもそもこのフィットネス業界は、大きく4つのモデルに分けられると言われています。最も早く中国に導入されたのは、いわいる大型の総合フィットネスクラブです。オフィスビル、ホテル、高級住宅地の一角に、2000 ㎡以上のスペースを確保し、筋トレ、ヨガレッスン、プールに至るまで総合的にそろえ、全国に施設を持っています。その後、個人が運営する多くの小さなクラブができ、フィットネスクラブという外来のサービスが中国に根付きました。さらにその後、ニーズの多様化や、ネット、スマホの普及により生まれてきたのが、新型で目的を絞った中規模のジムや、スマホのアプリをプラットフォームとして、トレーニングメニューを提供するフィットネスクラブです。
今回取り上げた Keep は、この新しいタイプのプラットフォームを運営するブランドであり、それを中心に拡大を続けている新しいタイプの新興企業です。
2015 年 2 月に、オンライン上に登場した Keep は、2018 年末には、登録者数 1.6 億人にまで成長しました。2015 年に Keep が出現した背景には、従来型のトレーニングジムやフィットネスクラブが経営不振で倒産するなどして会員権型のクラブ運営モデルに不信感が広がったことや、肥満の悩みを抱える人が年々増加し、健康への関心が日増しに高まっていた時期であったことなどがあります。
当初 Keep が狙っていたのは、フィットネスに関してほとんど知識のないゼロスタートの若い人たちでした。彼らは、フィットネストレーニングに関心を持ちながらも、身近に指導をしてくれるトレーナーも、高額の会員権を買えるほどの経済力もありませんでした。Keep はそうした層に対して専門家によるフィットネスの動画を使ったトレーニングメニューや、それに適した食事のレシピを提供し、いわいる“サルでもわかる”式のプログラムを用意したことで、多くの未経験者層を急速に取込むことに成功しました。
また、Keep は、資金調達に最も成功したモバイルフィットネスともいえます。2018 年 7 月には、シリーズ D として、ゴールドマンサックスを筆頭に、テンセント、GGV、BAI などが、1.27億ドルの資金提供を決めています。これは、この種の企業に対する 1 回の資金提供額としては、過去に類を見ないものです。
巨額資金を得たKeepは、オンラインからオフラインへの拡張とエコロジーの形成に余念がありません。
ユーザーのトレーニングシーンごとにセグメンテーションを行い、シーン別の商品の充実に努めています。
Keepland は、1,2 級都市ユーザー層向けに開発したオフラインのリアルフィットネス店ですが、オンライン上のフィットネスプログラムの延長線上にあります。1 レッスン24 人のグループトレーニングへの応募者は、定員の 95%以上、リピーターは、80%以上という盛況ぶりです。KeepKit は、トレーニンググッズの商品ラインです。家庭ユーザー向けに Keep が独自に開発したもので、ランニングマシン K1は2000元程度のお値打ち価格で、発売以来すでに1万台以上を売り、注目を浴びました。
これ以外にも、健康食、トレーニングウエア、グッズ、コミュニティーを Keep アプリのプラットフォーム上に展開し、それらの融合を進めることでエコロジーを充実させようとしています。
拡大を続ける Keep ではありますが、現在のところそのビジネスモデルが十分に安定しているとはいえないようです。フィットネスアプリの収益源はシンプルで、ネット販売、トレーニングプラン収入、広告収入となりますが、一般的に、そもそもネットユーザーたちは、フィットネスにあまりお金を使いたがらないと言われています。トレーニングプランにお金を払うのも相当ディープなユーザーに限られ、広告も、あまりに増やすとユーザーの動画視聴に悪影響があるので増やせないといった問題がでています。現在は、会費制も導入して、収益の安定化を進めているわけですが、どれほどのユーザーがついてきてくれるのかが今後の課題です。
アリババは当初、ただの EC サイトのプラットホームオペレーターでしたが、後に、強大なソフトウエア開発企業となったように、Keep も、自らをハイテク企業と名乗り、AI 化を軸に、その技術の向上に力を注いでいます。
現在最も力を入れているのは、センサーとカメラを使って運動する様子をデータにしながら、それを AI を用いて分析し、サービスに活用するというものです。例えば、ユーザーの動きをカメラで分析して、その動きの正確性や、妥当性についてリアルタイムで点数付けをしたり、何らかのフィードバックをするというようなことを考えています。
さらに、そうして収集した膨大なデータを用いて、ユーザー個人ごとに、その人に合ったトレーニングメニューを提供できるバーチャルトレーナーを開発しようとしています。従来型のジムにいるトレーナー1 人は、1 時間当りの稼ぎはせいぜい 300 元~500 元程度が相場ですが、AI によるオンライントレーナーなら、その単価を何倍にも拡大することができます。実際にそれらは、商品化を進められており、単価を数 10 元から、200 元程度のものにすることも想定されています。
AI 開発という面から見ると、Keep は、フィットネスというテーマを扱っている AI 技術開発企業というふうにも見えます。AI 技術とビッグデータをベースにした進化は、他社との比較優位を保つキーファクターとなりえるのだと思いますし、その技術をベースにした新たな分野への応用ということも考えられるのだろうと思います。
今後も、モバイルフィットネスビジネスのオペレーターである Keep と、その技術を支える AI 開発のハイテク企業でもある Keep のどちらの面にも、注目しておく必要がありそうです。
MUFGバンク(中国)経済週報2019年10月9日第435期CDIコラムより
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