中国経済の持続的な成長やインバウンド需要等を受けて、日本国内でも中国経済に関する報道が増えている。そこで取り上げられる企業も、アリババやテンセントに留まらず、様々な企業が紹介されている。しかし、以前の批判的な風潮からの反動からか、手放しで礼賛するような報道も散見され、かえって実態が見えづらくなっているように見受けられる。そこで、本コーナーでは、日本で紹介され始めている著名中国企業を取り上げ、その実態と将来の展望、日本企業に対する示唆等を述べていきたい。
今回は、昨年9月にニューヨーク市場に上場を果たしたペット専業プラットフォーマー「波奇寵物(Boqii)」を取り上げる。
波奇寵物(Boqii)は、中国最大のペット専業プラットフォーマーである。直近(2020 年 11 月)のファクトシートによれば、自社プラットフォーム「波奇網」の MAU は約 350 万人、取り扱いブランドは約 570、取り扱い SKUは 1.7 万点。それに加えて、動物病院やペットショップ、トリマー等の登録者数は 1.5 万件にまで達している。また、波奇自身も Tmall や JD 等の他社プラットフォームにも出店し、製品の代理販売を行っている。
ペットというニッチかつ将来の成長が見込めるカテゴリーに位置取っており、更にインターネットを掛け合わせたビジネスを行う波奇寵物は、投資家からも熱い注目を浴びてきた。2013 年を皮切りに、様々な投資家から出資を受け続けており、ゴールドマンサックスからは 3 回も出資を受けている。
そして、2020 年 9 月 30 日には、ついにニューヨーク市場に上場。当日の時価総額は 6.57 億ドルにまで達した。なお、中国企業で、ペットカテゴリーにおける米国市場上場は、波奇が初めてである。BAT や TMD と言われるメガプラットフォーマーたちがひしめく中国において、粘り強く上場までたどり着いた波奇は、まさにニッチプラットフォーマーの「本命」と言える。
ところで、波奇寵物の創業は、2008年である。したがって、上場までに 12年かかったことになる。これは、中国国内のスタートアップのスピード感からすると、少々長いように感じるかもしれない。この時間を紐解くことで、メガプラットフォーマーと対峙し続けることの苦労が見えてくる。
メガプラットフォーマー依存の苦しみ
始まりは、2010 年。元々2008 年に自社サイト「波奇網」を立ち上げたものの、更にトラフィックを伸ばすために、当時 taobao でペットカテゴリー売上高 No.2 だった企業を買収した。それは、taobao に出店することも意味する。つまり、望み通りトラフィックを獲得できたものの、taobao への依存度が高まることにもつながってしまった。
Taobao 依存度の高さが裏目に出たのが、2012 年のアリババ Tmall 開設である。アリババは、CtoC モデルである taobao から BtoC モデルの Tmall を盛り上げるために、taobao から Tmall へのトラフィック誘導を始めた。波奇としては、その流れに対応するしかない。例えば、当時は輸入品のペットフードなどが人気商品のひとつだったが、輸入ルートが不透明であったり、中国国内に正規代理店が無い物も多く含まれていた。こういった商品は、Tmall のルールに従うと、取り扱うことができない。しかし、Tmall 重視の流れに従うため、波奇は取り扱い製品を大幅に整理した。
これにより、Tmall 重視の流れには対応できたものの、次はメーカー対応が必要になり始める。2014 年頃には、EC 比率の高まりと、そこでの価格の乱れを気にし始めたメーカーが、価格管理を厳格に行い始めた。例えば、メーカー希望価格からあまりにも外れた価格で売られていた場合、メーカーは Tmall 等のプラットフォーマーにクレームを出し、当該店舗の休業措置を求めた。波奇のセールスポイントの一つが、低価格であったために、ダメージは小さくなかったと言われている。
更に、2016 年以降には、メーカー自ら Tmall 等に旗艦店を出店し始める。波奇は、とうとうメーカーと直接競争することになってしまった。価格競争で、メーカーに勝つことは不可能である。波奇は、メーカーの収益を棄損しないラインを探りながら、価格を調整し続けることになった。
新たな道の探索:BtoB 領域
メガプラットフォームへの依存度が高いままでは、物販で収益を上げることが困難なため、波奇は新たな道を探った。BtoB 展開である。2013 年より、ペットショップやトリマー、動物病院等と消費者をマッチングさせるサービス、例えば外食領域で言えば大衆点評のようなサービスを始めた。
しかし、これも容易な道ではなかった。当初は、PC 上でグルーポンのようなサービスクーポンを発行し、店舗サイドの新規顧客獲得支援を狙った。店舗側は閑散期の顧客数増加を望んでいたものの、結局は繁忙期にクーポン利用者が殺到することになったため、サービスは頓挫した。
2014 年には、スマートフォン対応の予約サービスを開始し、値引き原資の一部を波奇がサポートするサービスを開始。これも新規顧客獲得支援が狙いである。しかし、そもそも飼い主は半径 3km 以内のショップで用事を済ませてしまう(ペットを長距離移動させることが難しい)ため、新規顧客獲得に対する効果は限定的であり、かつ波奇の負担も大きかったゆえに、取りやめることとなった。
上記の経験に学んだ波奇は、サービスの力点を新規顧客獲得からリピート顧客の維持に移した。例えば「ポイントがたまると爪の手入れが無料」等の販促企画を店舗に提案することで、店舗の顧客囲い込みを支援するのである。こちらは店舗からの評判も良く、契約店舗数も順調に増えていった。しかし、やはり波奇にとって収益性の高いビジネスではなく、大きな利益を稼ぎ出すには至っていない。メガプラットフォーマーが特に関心を示さない領域とは、収益が上がりにくい領域であるともいえる。
「追い風」の中で収益構造を変えられるか?
このように、波奇が苦しんでいる間も、ペット市場は右肩上がりで成長を続けてきた(図 3 参照)。波奇の規模拡大と上場は、まさにシャオミの創業者雷軍のいう「風に乗れば豚でも飛べる(站在风口上,猪都能飞起来)」を体現しているともいえよう。
しかし、その領域において生き残ることは、これまで見てきた通り、容易な道のりではなかった。メガプラットフォーマーとの競争を回避し、むしろ依存することで生き残ってきた波奇寵物だが、それゆえに、収益性は低いままに留まっている。その証拠に、波奇寵物は、創業以来一度も黒字化できていない。現在でも、自社プラットフォーム経由の売上高は、全体の 3 割程度に留まっている。これこそが、赤字の構造的な要因である。(図4)
自社プラットフォームに顧客を呼び込むためには、他社プラットフォームにないものを提供できなければならないことを、波奇自体も良く理解している。実際、2015 年以降、PB 開発やハイエンドのペットフードメーカーの買収、ペット用医薬品メーカーの買収等を進めている。しかし、その効果はいまだ収益に現れていないようだ。
波奇寵物のこれまでの歩みを見ると、メガプラットフォーマーが浸透する世界で生き残ることの難しさを、リアリティをもって理解することができる。結局、「プラットフォーム」という業態では、「ニッチ」であるだけでは勝利することができない。思い起こせば、アマゾンがもてはやされた当初のキーワードは、「ロングテール」だった。もともと、ニッチな商材こそ、メガプラットフォーマーの本領が発揮できる領域だったのかもしれない。
上述の通り、メガプラットフォーマーに勝つためには、「メガプラットフォーマーが提供できないもの」を提供する必要があるが、これは至難の業である。日本で成功事例としてもてはやされることの多い平安好医生も、最近では、アリババ・JD の相次ぐ参入と資金力を背景とした模倣、そして元々保有している顧客データを活用した最適化により、押されているようにも見受けられる。平安保険集団が昨年塩野義製薬と資本業務提携したことは、その危機感の現れだと言える。他社の作れない医薬品を作ることで、差別化したい、ということだろう。
データがあればあるほど、つまり規模が大きければ大きい程強い世界でどのように勝ち残るのか。答えは、もしかすると、近年流行しつつある D2C 企業にあるかもしれない。熱狂的なファンを生み出すことは、データ解析のようなロジカルなプロセスだけでは困難であり、むしろ感情や直感の領域であるように思われる。この新たな生き残る道については、次回以降に検討の場を譲りたい。
MUFGバンク(中国)経済週報2021年2月22日第490期CDIコラムより
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